というわけで、
(一昨日は ほぼ得られなかった)
『錬電術師(冬)』の、昨日の制作進捗について、
まずは御報告申し上げます!
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【ヒロインAルートのリライトと、ヒロインBルートの執筆】
(今後は、書いた/書く順に、ヒロインルート名を、
「A」「B」「C」・・・といった感じに表記していくこととします)
→ (すでにひとまず基礎スクリプトまで組み終わっている)
Aルートの、時間を置いて見直しリライトをひととおり。
「これならば現時点でも、シナリオ的に
“最終章の1ルートとして、自信を持ってお出しできる出来”
と言える気がするし、
演出により、更に良い方向へ持って行けもする気も強くする」
と、自分としては感じる。
Bルートのプロットを見直して、執筆開始。
が、1行目が決まらないので、
2行目(以降になるかもだけれども)から仮に書き始める。
そこそこ書けたので、たたき台には出来そう。
【演出スクリプト】
→Aルートで使う背景写真の選別・加工を開始。
“未着手シーンの、最初ブロック分”を制作。
また“イベント絵のバリエーション整理”にも着手
(まずは仮リストを作成)。
【制作進行】
→ひとまずは、緊急に必要なご連絡等のみは。
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・・・という感じになりました!
で、制作進行方面は、
「本日中に、本来であれば
“先日までにお出ししているべきメール”」
のご返事を完了できそうな感じで。
シナリオ・スクリプト方面も、
ペースを戻し、着々進められそうであるとも感じております!
関連もろもろ、
早ければ明日朝、
遅くとも今週末までには、
『確定事項のご報告』等、させていただけるかと存じておりますので――
ご興味を持ってくださる方におかれましては、
どうぞ、もうしばらくのお待ちの程いただけますよう、心より御願い申し上げます!
と、一昨日に作成し、先日にお披露目させていただきました、

「徳利と。釣り糸。おみくじ。」
(バナークリックで作動します)
についてなのですが――
幸いにして、
(画像クリックで大きくなります)
たくさんの「お釣り上げ」と、
「お釣り上げのご報告」とを賜れましたこと、ご報告申し上げます。
内部仕様的に申しますと
「大吉」「中吉」「小吉」「吉」「末吉」「凶」「大凶」
の7項目は、
「全て、1枚ずつの配置」で、
「どれを引くかは、完全に等確率」
となっております――筈なのです。
しかし、上記いただいたお釣り上げご報告を拝見しますに
「大吉」:1
「中吉」:3
「小吉」:2
「吉」:7
「末吉」:2
「凶」:4
「大凶」:1
と、「綺麗に偏って」おりますので、なんだか私
『運勢って、偏在するのかも』
などとも思ったりいたしました。
で、この「徳利と。釣り糸。おみくじ。」
幸いにして、
「かや姉からの一句アドバイス(?」
の方も、ご好評たまわっておりますよう(ありがとうございます!)なので――
『あと29日間の、私がFLASHを使える期間』
に、同様の 一句を(かや姉が)思いつくようなことございましたら――
それらをちくちく素材化していき、
で、折をみて、
「“大型アップデート”など、出来たらいいなぁ」
とかも、こっそり思っております。
が、それは本当に
“完全なる余力の部分”でやるべきこととも重々承知しておりますので!
とにもかくにも、
『錬電術師最終章』
の制作進捗、ならびに周辺環境の向上につき!
ベストを尽くしコツコツと! 重ねていきたく存じます!!
と、いただきましたコメント
(全て、嬉し楽しく 拝読させていただきました!
ありがとうございます!!
また、「かや姉は予見術師ではございません」ので、
念のため、ご解釈にはその点 ご加味いただけますと幸いです)
内に、ご質問」が数点ございましたので、
そちらにつきましてのみ、この場を借りてのご返答させていただきたく存じます!
Q:大凶は入っていますか?
A:入っております。ご安心(? 下さい。
Q:なまけばぶ、って生ケバブですか?
A:その通りでございます。
Q:やまなしw
A:(ご回答、やや長くなるので、追記部分に
「“山椒魚”と、“やまなし”」と題し、
後ほど記し直したく存じます。)
Q:吉より、小吉の方が上なの?
A:かや姉の基準では、そうらしいです。
ちなみに、私も同基準を用いてはおりますが――
“神社界におけるメインストリーム”がどうなのかは、
恥ずかしながら、私 勉強しておりません。
Q:きいろはどうだろう?
A:かや姉的には「よし」だそうです。
――ってな感じでございます!
で。
“「日本語の作文技術」”の学習につきましても、
先日はきっちりと行わせていただきまして、
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[十二日目:09/11/01]
<第十二章:原稿の長さと密度>
+ 印刷されることを前提にした文章には、常に“ページ数・行数”という物理的制約が宿命的に付きまとう。
その文章のために避ける あるいは 裂いてもらえるページ数・行数の限界が、
即ち“その印刷物内に書き得る原稿の長さ”の限界。
+「長すぎる」には、カット・リライト等の対処法があるが、
「短すぎる」には、水増し以外の対処法は無い。
そして 水増しは、必ず読み手に見破られる。
+“書き得る原稿の長さの限界”のワク内での、最高の効果を得ようとするのであれば、
当然に 最高の密度をもった文章を書く必要が出てくる。
+“密度が高い”は、“たくさんの字数を詰め込んでいる”とは異なる。
“密度の高さ”は、“その文章内の情報が持つ(読み手のとっての)意味の濃さ”。
→ 1記事内に“5つの事柄”を書けるだけのワクを与えられたとする。
その“5つの事柄分のワク”内を、
100の候補の中から精選した“5つの事柄”を書くことにより埋めた場合と、
4つしか見つけられなかった候補を ただ水増しして埋めた場合とでは、
あきらかに前者の方が、“高い密度”を持つことが出来る確率を、圧倒的に向上させられる。
+ “事柄の候補数”と、正の相関関係を持つのは“取材量”。
たくさんの正確な取材は、たくさんの“書くべき事柄の候補”を書き手に見つけ出させる。
+ しかし、“取材量”を、“事柄の候補数”の確保だけに使っていては、
“最高の密度”には到達できない。
+ 100の候補の中から、“伝えたいことを最も伝えるであろう1つの事柄”だけを厳選し、
徹底的な取材を重ね、その “たったひとつの事柄内”に、
<“5つの事柄を書けるワク内”を埋めてなおあまりあるほどの、意味的に適切なディテール>を見つけ出し、
それをきちんと、ワク内に修めて描写し文章化することが出来たのならば。
書かれた文章は、
“5つの事柄の羅列によりワクを埋めた文章”よりも、さらに高い“密度”を持てるようになる(確率が上がる)。
+ ゆえに“密度”は、
“伝えたいことを真に伝える事柄を選びだし得るか” ならびに
“真に伝える事柄を、意味的に適切なディテール描写を 量的にも的確に伴わせて文章化できるか”
の2点によって、決定づけられると言える。
>> 第十二章を読んでの私見
+ “密度で勝負”は、物語においても同じこと。
“事柄”とは、すなわち“イベント”。
「どれだけ魅力的なイベント候補をプロットレベルで用意し」
「その中から、適切な量・意味のイベントを厳選して配置し」
「配置したイベントを、どれだけ豊かなディテール描写を伴って文書化できるか」
――は、“物語密度”を、そのまま左右するように思う。
+ そして、“ディテールを裏打ちするのは、取材量”であることにも、完全同意。
+ それはつまり、
『カットすべき部分は、正確な取材を行うことにより、自動的に決まって来る』
ということを意味するようにも思うので。
最終章でもある <第十三章:取材の方法>の内容への期待も、非常に高まってきた。
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・・・という(私的)レジュメ作成させていただきましたこと、
ご報告申し上げます!
「日本語の作文技術」につきましても、
残すところは、
<第十三章>=最終章
と
付録1、2、コメント、終わりに
――のみでございますので!
本日に前者、
翌日に後者、
それぞれ精読・レジュメ化をして、
もって『読了』といたしたく計画しております!
こちらも、最後に緩み、あるいはコケたりすることなきように、
油断なく、頑張りたいと存じます!!
と、いうことで、ひとまずは制作日誌・本編を
ここで結ばせていただきまして――
以下、追記として
「“やまなし”と“山椒魚”」なる、
『コメントでいただいた
>やまなしw
へのご回答(? を、記させていただきたく存じます。
というわけで、以下追記です。
まずは
>やまなしw
のコメント、大変にありがとうございました!
私、
「わかってくださる方がいらっしゃった!!」
と、非常に嬉しく拝読させていただきました!
そして、同時に、
「私は “わかってなかった!!”」
ということ理解して、恥ずかしく頭を抱えもしまいました。
以下、
「それって、どゆこと?」につき、
ザラっと説明させていただきたく存じます。
えー、先日の日誌の中で、私が記し、
かつ、同コメントを頂戴いたしました、
>>19:くらむぼんは、かぷかぷ笑った。
という一行は、
私の脳内では、その前段の
>>18:進行豹は、悲しんだ。
と、「ペア」を組む文章となっておりました。
しかし、頂戴したコメントにより、
「ああ、そういえば
“クラムボンはかぷかぷ笑”うのは、
「やまなし」という作品の中でだったっけか!」
と思い出した私は――
(恐らくは、「小学校の国語授業」以来、長きにわたり、私の脳を染めていた)
――“恐るべき誤解”の存在に、気付いてしまいましたのです!
それは
「山椒魚」 (井伏鱒二)
と
「やまなし」 (宮沢賢治)
の、“混同という誤解”です!!
――もう少し、踏み込んでご説明いたしましょう。
私としては、
先日の日誌で私が記しました、
>>18:進行豹は、悲しんだ。
は、「山椒魚」書き出しの、
「山椒魚は、悲しんだ。」
という一文の、パロディのつもりで おりました。
で、「山椒魚」のストーリーラインを私は
「
山椒魚は、悲しんだ。
何故なら、川底の狭い岩場でのんびりゆったり暮らしていたら、
体がいつの間に育ってしまい、岩場を抜け出せなくなったから。
それを見た “くらむぼん”はカプカプ笑うし、
山椒魚は、もうどうしようも無く 悲しんだ。
けど、ある日、ふんわりといい香りが上流から流れて来た。
“やまなし”が木からどぶんと川に落ち、
甘やかで、そしてさわやかな香りをただよわせながら、
川をゆるゆる、流れ下っていっているのだ。
ご近所の蟹の親子も、
やまなしの香りに とても幸せそうにしている。
その姿をみて、山椒魚は、
『ああ、自分のこの環境も、悪くない』と思いなおした。
くらむぼんはただ、カプカプ笑いつづけていた。
(了)
」
――というものだと、すっかり思い込んでしまっていたのです!
それがつまりは、
「山椒魚」と「やまなし」との混同という現象の内容で。
>やまなしw
のコメントにより、私は
「恐らくは20年以上も、私の脳内を支配していたその誤解」
から、解き放たれることが出来たのです!
これは、非常に、
“目から鱗”的、ショッキングな経験でございましたので――
>やまなしw
のコメントをくださった方には、その点につきましても、
重ねまして、厚く御礼申し上げたく存じております!
が、しかし。
私、ここまで書いてようように――
「この文章は、
“私自身” と
“>やまなしw のコメントをくださった方”と
くらいにしか、意味を持たない、
お読みくださったかたの大多数には
『だから、何?』 と思われてしまう文章
に、なってしまっているのではないか」
――ということに、気付き至りました。
上記の点、非常に申し訳なく思っておりますのですが、
そこはそれ! ひとつ、この文章もやはり
「やまなし」
ということで、ご理解・ご容赦いただけますと、とても幸いに存じます!(深々と




戸狩志摩