2011年04月07日

「難しいと感じること」についてのメモ (短信のみです!

 おはようございます!

 ちょっと今日はバタついている――というか
「頑張って乗り越えてしまわなくてはいけない壁を、自分で作りだしてしまった」ために、
時間を確保いたしたく思っております。

 ので、“夢路”関連のご報告、短信のみとなりますことをご容赦いただけますと幸いです。




――――――――――――――――

【ライティング】

+ ロージィ、まな共通ルート3箱目
 “1952→2023行” の、"72行" を書き進みました。


 
【制作進行】 

+ ご報告すべき、特段の何事かは発生しなかったかと存じます。


【その他】

+ ともかく頑張っておりますし、頑張ります!

――――――――――――――――


――という感じです。


 以下、自分を励まして、かつハゲ増させないようにするため、メモ書きします。

++++++++++

 「難しい」と感じているということは、その感じている対象を、
 “より良くしたい”と望む、“愛情と熱意”とがあるからだと思います。

 その対象を“見放して”“見限って”しまうのならば、
 そこには何の難しさを感じるわけもありません。

 「これでいいや」とこなすのであれば、疑問も悩みも発生しません。
 そこにあるのは、単なる作業で。
 やって、終わるというそれだけです。

 確かに、それでも積み重ねさえすれば経験は得られます。
 前へ進める可能性も残ります。

 「難しさを放棄する」。
 「とりあえず、先へ進む」。
  その選択も、決して間違いではないでしょう。

  しかし。
  技術なり目なりが、経験とともに必ず増していくものであっても――
 “愛情と熱意”は、違います。

  経験を積み、悪い方向に慣れ、「この線でOK」とこなすことを重ねてしまうようになれば、
  きっと、当初その対象に対していただいていた“愛情と熱意”は、どんどん薄れてしまいます。

  “愛情と熱意”が摩耗しきってしまえば――
  「それを繰り返す」ことは、恐ろしくつまらないことになってしまうでしょう。

   
  つまるところ。
 「難しい」と感じているということは
 「今していることが、今自分を苦しめている対象が、“本当は面白い”と感じてもいる」
 からなのです。

  何かをしていて「難しい」と感じられることは、ですので、
 とても幸せなことであるのだとも思います。

  そこのところを忘れなければ「難しさ」に負けるなどということはなくなります。

  多分。

++++++++++  


 ――そんなこんなでございまして、ともかく今日も
焦らず急いで丁寧に、手と心と頭とを動かしまして、
各種執筆、作劇、制作と重ねていきたく存じます。

 今日も一日がんばります!
 
 みなさまの本日が、たくさんの笑顔と安心とぬくもりと優しさに満ちたものであられますことを願います。

 お互い、より良い今日をすごしましょーです!
posted by 進行豹 at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 製作日誌
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/44184213
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック